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小菅神社は白鳳8年(680年)に創建され、大同元年(806年)に本宮が再建され、新しく小菅寺を開いといわれています。中世には戸隠や飯綱と並ぶ北信濃の三大修験場にあげられておりました。本堂、講堂、三重塔、仁王門、鐘楼を構え、37の坊、100の末院、6社、5堂が立ち並び修験、山伏、僧侶が300人いたと云われております。永禄4年(1561年)に武田信玄の侵攻により奥社を残し諸坊ことごとく焼き払われ衰えてしまいました。その後上杉氏により復興され、さらに飯山歴代城主により保護されてきました。
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奥社への参道入り口の鳥居
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小菅神社奥社への参道入り口の鳥居。
標高900m大岩窟に建つ奥社へはこれより徒歩約40分ほどの距離。
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現在の奥社は今から500年前に建てられたもので、室町時代の建築様式を伝えています。昭和39年に国の重要文化財に指定されました。ご本尊は馬頭観音木像です。
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奥社
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弘法大師、空海の登拝碑
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参道入口近くにある弘法大師空海も歩いた
幸せが叶うという「夢のかよひ橋」
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奥社までの杉並木と石畳
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小菅部落の一部分
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小菅の部落内には里宮があり境内には神饌殿・神与殿・神楽殿・講堂・御なんど等の建物があります。また柿本人麿の「朝葉野にたつみは 小菅根ふかめて誰故にこそ吾が恋ひざらん」という句が彫り込まれた石碑があります。集落内には石垣やお堂の跡など修験場として栄えた頃の名残りを留めています。
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松子の祭り(県無形文化財)
柱松柴灯神事(はしらまつしばひしんじ)と呼ばれ、日本でも珍しい祭りの一つとして知られています。昭和48年県の無形文化財に指定されています。数百年前から行われている行事で、毎年7月15日の小菅ギオンに行われていましたが、最近では3年に1回となっています。
祭りは柱松に火を付け、早く倒れた方が勝ちで、東が勝てば天下泰平、西が勝てば五穀豊穣です。もともとは修験者の験術(げんじゅつ)比べと、米の豊作を祈る行事を兼ね合わせた祭り行事であったと云われています。
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松子の祭り
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ハイキングコース
小菅の里の里宮を中心に歴史の古里を散策し、そこから県の天然記念物に指定されている杉木立の奥社参道に入り、奥社を経由して小菅山を登り、北竜湖に下山して、小菅の里に戻る周遊のハイキングコースです。
小菅-(1,5km60分)-奥社-(0,8km35分)-小菅山-(2,7km55分)-北竜湖-(1,5km20分)-小菅
合計所要タイム2時間40分
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富倉そばと笹寿司(謙信ずし)
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北信州いいやまは冬の豪雪と昼夜の寒暖の差が激しい事により作物に与える影響が好をなし、山菜はもとよりそばやアスパラ、大根、にんじん、ごぼう、里芋、長いもなど多くの特産品が生まれております。それらの食材を手際よく調理して先人たちの昔から多くの郷土食が生まれております。
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アクセス
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[車]上信越自動車道、豊田飯山IC下車 市街地中心地まで10分
[電車]JR飯山線、飯山駅下車
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お問い合せ
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飯山市経済部観光課 0269-62-3111 ・飯山市観光協会 0269-62-3133
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