真田十万石の城下町・信州長野市松代


満開に咲く松代城のソメイヨシノ
北信濃の東端に位置する松代は真田十万石のお膝元として250年の長きに渡り、信州の雄藩として収められて来た。


古い歴史と文化、それに伴い風情ある佇まいの町並み、歴史ある建築物、古さと優雅さが溶け合った街と言えます。


真田幸村や佐久間象山、松井須磨子、山本勘介など郷土が生んだ英雄などの足跡も見所いっぱい。


東条地区の山裾に広がるアンズの畑も北アルプスを背景に薄桃色のじゅうたんを敷き詰めたように季節には春の香りを漂わせている。


2015年松代城の桜の開花情報
(2015年3月26日)
日本気象協会は3月20日に第5回目の桜の開花予想を発表しました
それによると3月下旬から4月上旬は気温の上昇が見られ、前回より1〜2日開花が早まる傾向がありと見られ、松代城跡公園のの開花予想日は4月9日と発表されました。

順調に開花が進めば4月14日頃満開が予想されます。
今後に気温に注目するところです。

松代城春爛漫の桜の風景


満開の桜の下で春を満喫する人びと


松代城城門とさくら

本丸内の桜風景


松代城本丸内の満開の桜に集う


老木も元気に花を咲かす松代城のさくら

ファミリーで楽しむ満開の桜

・松代城
松代城は甲斐の武田信玄が越後の上杉謙信との川中島の合戦のときに前線基地として1560年(永禄3年)頃に信玄によって築かれた「海津城」が始まりと言われています。城の城主は戦国の動乱と共に移り変り、1600年(慶応5年)森忠政が城主の時に「待城」と改名されました。その後「松城」と呼ばれる時期を経て、真田三代目藩主幸道のときに幕名により「松代城」と改名されました。
1622年・元和8年に真田信之が上田より移封されて以降、明治の廃城までの約250年間、松代藩真田家十万石の居城となりました。
松代城は1717年(享保2年)に火災により消失しましたが、その後再建され、平成の大普請ではその再現された姿を現在に蘇らせました。城の特徴は戦国期の城郭に似ており、簡素で力強さが特徴。


松代城本丸正面

石垣と桜

・池田満寿夫美術館

1977年に急した長野市出身の国際的アーティスト池田満寿夫氏の作品を収蔵、展示しております。最後の作品となった「美貌の青空」や「土の迷宮」のシリーズを始めとして、内外の受賞作品、版画、初期の油絵、水彩画、陶彫など見ごたえたっぷりに展示されております。


松代藩文武学校正面入口
・松代藩文武学校

松代藩が設けた文武併習の学校として1855年・安政2年に開講。敷地3089平方メートル、建坪1505平方メートル、この建物は文学所、御役所、教室2棟(東序・西序)、剣術所、柔道所、弓術所、槍術所、文庫蔵、番所、門に分かれていて、藩校を完全な形で現在に伝えている全国的にも稀な施設です。

剣術所、弓術所、槍術所などで実際に武術の稽古や試合を行う事が出来ます。またギャラリーとして陶芸、絵画、アート作品の展示なども行えます。教室の2棟ではお茶席や生け花の展示などにも利用されています。

真田邸は新御殿跡とも呼ばれ、松代城の大手口に位置している。江戸時代の終わり頃の1862年・文久2年に参勤交代の制度が緩められ、それまで江戸詰めが義務であった藩主の妻子が在国に帰る事が許され、そのため9代藩主・真田幸教はその母・貞松院を松代に迎えるため、1864年・元治元年にその居宅を松代城三の堀南側に隣接して建築しました。


貞松院は元治元年10月に松代に帰るものの、翌年の1月に参勤交代の制度が旧に復すると、ふたたび江戸に戻る事となり、松代での生活はわずか100日となった。その後32才の若さで隠居した9代藩主・幸教の隠居所として使われ、明治維新後は真田家の松代別邸となりましたが、昭和41年に埴科郡松代町(現長野市松代町)に譲られました。


昭和56年に、松代城の「附」(つけたり)として国の史跡指定を受けました。
江戸末期の庭園を有する御殿建築として全国にも類例が少なく、大変貴重な建築物として後生に残すためと言えます。

真田邸

真田邸庭園

・あんずの里 松代東条地区
東条地区の山裾に広がるアンズの畑も北アルプスを背景に、薄桃色のじゅうたんを敷き詰めたよう咲き揃う。

・真田宝物殿

真田家家宝の武具、調度品などを所蔵。大名家に残された優雅な文化遺産の数々。その中から季節に合わせたテーマにより展示している。

・象山神社

幕末の巨匠、佐久間象山の生家跡地横に昭和13年に建てられた。知識と学問の神様として合格祈願の参拝者も多い。場内には象山が居住し、高杉晋作らと談義した高義亭が移築されている。


象山神社入口の鳥居

象山神社の桜並木

・高義亭

象山神社の境内のなかにあり、佐久間象山が居住し、高杉晋作や多くの志士達と密談、論議を重ねた館。

・象山記念館

公武合体派の開国論者である佐久間象山の遺品、遺作を展示。象山自製の電気の治療器や医療用蒸留器など展示してあり、その作品から才能を伺い知る事ができる。

・旧横田家住宅

この横田家の先祖は、奥会津横田に住んでいた山内大学と伝えられ、江戸時代には信州松代真田家家臣として幕末まで150石の碌を受けていました。
横田家が現在の屋敷地に移った時期は18世紀末頃のようです。
この屋敷は江戸時代末期のようすを伝え、泉水を配した庭園、塀で仕切られた庭、菜園の広さ、建物の間取り、構造と大きさ、土間が狭く、座敷きが整っている点など城下町松代に残る中級武士の住宅の特徴をよく表わしている住宅と言えます。
この家で育った横田秀雄は大審院長に、その子横田正俊は最高裁判所長官になり、ニ代続いて裁判官の最高の地位につきました。
その他秀雄の弟謙次郎は鉄道大臣になり、姉の和田英は「富岡日記」の著者として有名であるなど、多くの秀才を生んだ家です。

横田家庭園と屋敷

・旧白井家表門

文武学校の向かいにある間口20メートルの旧白井家表門。1843年・弘化3年に表紫町に建てられたものを現在の場所に移築した。

・山寺常山亭

山寺常山は佐久間象山、鎌原桐山と並び賞された松代三山のひとり。松代の長門の中では間口が最大、庭園の中には倉作りのギャラリーもあり、古い建物の写真等が展示されている。

・象山 恵明禅寺

あんず姫(豊姫)の墓所。
豊姫が伊予(愛媛県)より1673年・延宝元年7月26日に15才で幸道公に嫁ぎ、その際実家より「鉢植えのあんず」を持参して愛賞されていたのが、善光寺平に「あんずの樹」が来た始めてであると言われている。

・長国寺

真田山の山号を持つ真田家の菩提寺。真田家歴代藩主の墓があるほか、信之、信弘の御霊屋があります。信之の御霊屋は重要文化財に指定されており、破風の鶴は左甚五郎の作で、格子天井の絵は狩野探幽筆と伝えられています。

・松代・象山地下壕

第ニ次世界大戦末期、軍部が本土決戦最後の拠点として極秘の内に大本営、政府機関等を松代に移すという計画の内に舞鶴山、皆神山、象山の地下に地下壕を掘削しました。総延長は5853mあり、碁盤の目のように張り巡らせて掘削してあります。その内500mを公開しております。


アクセス
[車]東京より関越自動車道藤岡JCTより上信越自動車道長野IC下車7分
[車]関西より中央自動車道松本より長野自動車道・上信越自動車道長野IC下車7分
[電車]東京より長野新幹線長野駅下車・バスにて30分
[電車]関西より名古屋より中央線にて松本経由長野駅下車・バスにて30分
お問い合せ
・〒380-8512
長野市大字津鶴賀緑町1613
・長野市産業振興部観光課 026-224-5042




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